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<<   作成日時 : 2008/10/21 00:37   >>

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<日本語の起源>
日本語という言語がどの様に発展してきたかには二つの説がある。一つは,日本語は一貫して日本列島の中だけで発展した独自の言語だという「日本語万世統一系説」。二つ目ははるか昔に今は分からないX語という言語が,Y語と日本語に湧かれたという説である。そして言語学者は主にこの二つ目の説を主張し,研究を続けている。大野氏はこの問題に対するにあたり,基本的に言語と文化は密接に結びついていると主張している。その為日本文化が基本的に南方的な要素を持つことから日本語の起源は南インドに住むタミル人が使用しているタミル語にあるのではと考えた。
タミル語は,単語の音韻の対応,文法構造,助詞・助動詞の対応などが日本語と非常に似通っているのである。又,言葉の構造の対応とは別に,日本語とタミル語のあいだにはその対応語があらわすモノや行為が,南インドの巨石文化(B・C1000〜B.C300)と日本の弥生文化(B.C?00〜300)という限定された時代ではあるが,共通するものが文明上の証拠として多く残っている。例をあげると,稲作に関するモノ(「稲」,「田んぼ」,「粥」など),墓と墓地に関するもの(「穴」,「墓」,「忌み」など)。これらは,弥生時代に始めて日本の文明に現れたものである。そして,言語がもつ概念にも日本語とタミル語のあいだに共通するものがある。そしてこの精神的対応語はヨーロッパや中国語にはほとんど認められない。これらのことから大野氏は日本語に最も近い言葉はタミル語だという立場をとっている。
とはいえ,この2つの言語にもいくつか相違点がある。この違いがなぜ生じるかというのは,日本に非常に古い基層言語の上にタミル語が重なったからではと大野氏は言う。日本でいう縄文時代の終末期に,南インドのタミル語と共にあった文明が入ってきた。そして,その文明を受け入れるにあたって文明の基礎であった当時のタミル語を聞き入れ使用し始めたのである。単語のあるところには,必ずそれに対するモノやコトがある。南インドの文明が日本列島に到来し,展開し始めたとき,それらを表す言語も日本化されて広まった。これが日本語の誕生,又日本の文明の誕生であるというのである。

<論評>
確かに日本語とタミル語とのあいだには共通部分が顕著に見られる。こんなにも遠く離れた2つの地域の言葉に似通うものがあるとは驚きである。しかし,日本には中国の文化を受け入れている部分もあり,タミル語だけが日本語の基だというのは,私も疑問があるし,大野氏もそのことは著書の中で述べている。しかしこの共通語の多さは否定できないし,何らかの関係が南インドと日本のあいだにあることは明らかである。私はこれは言語学的な考えだけではなく,考古学的な考え方とも照らし合わせて,結論を出してゆくべきだと思う。

著者:大野晋
書名:日本語の起源 271P
出版社:岩波書店 東京
出版年:1994年6月20日

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